痴漢冤罪

痴漢冤罪(ちかんえんざい)は、痴漢をしていないにもかかわらず、痴漢をしたとして扱われる冤罪の一種。本項目では、痴漢の誤認逮捕についてもあわせて説明する。個別の事件については「Category:痴漢冤罪」も参照。

概要

2000年ごろから徐々に問題とされはじめ、2007年公開の映画『それでもボクはやってない』をきっかけに広く世に知られるところとなった[要出典]

原因としては、被害者による犯人の錯誤や犯罪の有無の錯誤、被害者とされる者による金銭や恨みが動機のでっち上げ、警察や検察の捜査の杜撰さなどが挙げられる。また、痴漢していながら痴漢冤罪を主張する者も存在する[1][2]

現状

司法

司法においては、衣服の指紋の採取や、被疑者の指に付着した衣服の繊維、被害者の体液や皮膚の組織などのDNA鑑定など、より先進的かつ客観的な物的証拠が求められており、これらの物的証拠は、起訴段階もしくは審理において重要視される[3]。2017年7月19日に埼京線で発生した集団痴漢事件では、警察は防犯カメラ(事件のあった1号車には防犯カメラが設置されている)の映像などの物的証拠を調べた上で被疑者4人を逮捕している[4]

社会

2015年9月、ジャパン少額短期保険が事件発生後48時間以内の弁護士費用を補償するサービス『痴漢冤罪ヘルプコール付き弁護士費用保険』を開始し、2017年に痴漢の被疑者が線路内を逃走するトラブルが相次いで報道されたことを受け、加入者が急増した[5]

問題点

社会復帰の困難性
これらの問題は、逮捕された時点で、あたかも犯罪者であるかのように扱うマスメディアの影響もある。2000年代に無罪判決が相次いだため、東京地方裁判所は、痴漢被疑者の勾留請求を原則却下している。東京地裁は被疑者に「事件があった路線を利用しない」誓約書への署名を求め、被疑者が署名した場合は、警視庁からの勾留請求を却下している[6]
虚偽申告
警察庁長官吉村博人は2009年4月の定例記者会見で、極めて少数だが痴漢被害を偽装する者がいると述べた[7]。このようなケースでは、男性共謀者が存在したり(いわゆる美人局)、主犯が男性の場合も多い。2008年に発生した大阪市営地下鉄御堂筋線での事件では、大阪地方裁判所にて主犯の男は懲役5年6か月の実刑判決を宣告され、共犯の女は懲役3年執行猶予5年の判決をそれぞれ受けた[8][9][10]2017年6月には、Osaka Metro堺筋線の車内で共謀の女に対し、わざと痴漢をさせて被害をでっち上げたとして、21歳の男と26歳の女が逮捕監禁と虚偽告訴の疑いで逮捕された[11][12]
検挙のための検挙
痴漢被害者が、痴漢加害者が誰か正確に認識できず、告訴をためらっていた場合でも「警察が責任を持つ」「後戻りはできない」と、警察官が被害者に告訴を強要する場合もある[13]
推定無罪の原則
本来、刑事裁判における犯罪の証明には、捜査機関が「被告人が犯罪をした証拠」を提出する必要がある。1審で有罪になると、新証拠が出されないと無罪になりにくい[14][注釈 1]

有識者の見解

実際に起こった事件に関しては、鉄道関係者は「疑いをかけられた時点で、逮捕を逃れることは不可能に近い」「走って逃げても取り押さえられたらお終い」とコメントしている[15]。一方、「その場から動かずに弁護士を呼ぶべき」と主張する大学教授[16]や、「強引に逃げるとそれ自体が犯罪になるリスクがある(例えば、誰かにぶつかり怪我をさせれば傷害罪に問われる可能性がある)。名刺を渡すなどした上でその場を立ち去るべき」と主張する弁護士もいる[17]。また、警視庁は「申告があれば何でも逮捕するわけではなく、申告内容や第三者の目撃の有無などを検討してから判断する」としている[16]

行列のできる法律相談所』では、2008年に4名中2名の弁護士が「走って逃げるのが最善」と回答し[18]、2016年には4名中3名の弁護士が「現場から立ち去るべき」と回答したが[19]、2017年の『しくじり先生 俺みたいになるな!!』では嫌疑をかけられた瞬間に両手を上げ「今から何も触らないから繊維検査とDNA検査をやってくれ!」と叫ぶ方法を、弁護士の北村晴男が指南した[20]。コラムニストの尾藤克之は女性の申告のみを採用する鉄道会社のマニュアルに問題があると指摘し、鉄道各社はマニュアルの存在を明らかにするべきだと解説している[21]

作品

主題とした作品

映画

テレビドラマ

小説

  • 筒井康隆『懲戒の部屋』1968年発表。
    • 同作は短編集『アルファルファ作戦(早川書房より刊行。のち中公文庫)』に収録されていたが、2002年に同作を表題作とする短編集『懲戒の部屋 〜自薦ホラー傑作集1〜(新潮文庫)』に収録された。2020年4月に刊行された短編集『堕地獄仏法/公共伏魔殿(竹書房文庫)』にも収録された。
    • 1997年2月5日~11日に舞台版が『両国シアターΧ(カイ)』にて劇団『BIG FECE』公演『筒井ワールド4』の一作として上演された。「座敷ぼっこ」「こぶ天才」「懲戒の部屋」「最高級有機質肥料」 脚本、演出:伊沢弘 監修:川和孝 出演:千田隼生 佐藤昇 吉宮君子 名倉右喬 津川友美 他[1][リンク切れ]
  • 小杉健治『残り火』  2012年

音楽・歌謡

エピソードの1つとして扱った作品

テレビドラマ

テレビ番組

漫画

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ この問題は痴漢冤罪を取り扱った映画『それでもボクはやってない』の劇中でも言及されているが、この作品では主人公が冤罪であるか否か、鑑賞者に明らかになっているシーンがない。

出典

  1. ^ “「触り方」特集も 痴漢を娯楽として消費してきたメディアの過去を暴く『痴漢とはなにか』”. Yahoo! Japan ニュース (2019年11月29日). 2020年10月2日閲覧。
  2. ^ “「ミラーマン」また逮捕 植草応援ブログ炎上”. J-CAST ニュース (2006年9月14日). 2020年10月2日閲覧。
  3. ^ 電車内における痴漢事犯への対応について(PDF)
  4. ^ “【衝撃事件の核心】集団痴漢の合言葉は「1902」…埼京線の先頭車両に集まった卑劣な男たち”. 産経ニュース (産業経済新聞社). (2017年12月4日). https://www.sankei.com/premium/news/171204/prm1712040004-n1.html 2018年5月19日閲覧。 
  5. ^ “痴漢冤罪保険:加入急増「逃げるより、まず弁護士を」”. 毎日新聞 (2017年5月29日). 2017年5月30日閲覧。
  6. ^ “<痴漢>勾留、原則認めず 「解雇の恐れ」考慮 東京地裁”. 毎日新聞 (毎日新聞社). (2015年12月24日). https://mainichi.jp/articles/20151224/org/00m/040/003000c 2018年3月18日閲覧。 
  7. ^ “「痴漢事件捜査、多角的に検討」 無罪判決で警察庁長官”. 朝日新聞. (2009年4月16日). オリジナルの2009年4月19日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090419114022/http://www.asahi.com/national/update/0416/TKY200904160291.html 
  8. ^ “下級裁裁判例”. 裁判所. 2017年11月27日閲覧。
  9. ^ “下級裁裁判例”. 裁判所. 2017年11月27日閲覧。
  10. ^ 「痴漢でっち上げ被害者心境語る 大阪の会社員」産経新聞、2008年3月13日
  11. ^ “「痴漢して」誘いに乗った男性を痴漢と通報の疑い 男を逮捕”. NHK. (2017年6月21日). オリジナルの2017年6月22日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/SgE8x 2017年6月22日閲覧。 
  12. ^ “女と共謀、痴漢被害でっち上げ容疑 アルバイトの男逮捕”. アーカイブ. 朝日新聞 (2017年6月21日). 2017年6月27日閲覧。
  13. ^ 夕刊フジ特捜班 痴漢冤罪の恐怖 あなたも犯人に…(3) ZAKZAK
  14. ^ 奇跡体験!アンビリバボー 痴漢えん罪事件壮絶868日[リンク切れ] フジテレビ 2013年11月7日放送
  15. ^ “「警察発表」だけで報じる新聞・テレビ「痴漢報道」——JR西日本の重役はなぜ死ななければならなかったのか”. 現代ビジネス (2013年1月24日). 2016年3月31日閲覧。
  16. ^ a b “痴漢はなぜ、線路に逃げるのか 冤罪避け?でも危険です”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2017年4月18日). https://www.asahi.com/articles/ASK4L3H0TK4LUTIL00H.html 2018年3月9日閲覧。 
  17. ^ “命の危険も…痴漢疑われ“線路逃走”続発 その行為自体に犯罪リスク、鉄道会社「絶対やめて」 (2/2ページ)”. zakzak (産業経済新聞社). (2017年5月8日). https://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20170508/dms1705081700002-n2.htm 2018年3月9日閲覧。 
  18. ^ “行列の出来る法律相談所”. 日本テレビ (2008年4月27日). 2014年9月11日閲覧。
  19. ^ “行列の出来る法律相談所”. 日本テレビ (2016年3月20日). 2016年3月21日閲覧。
  20. ^ “北村弁護士の痴漢冤罪回避術が神解説「めちゃくちゃ画期的」「勉強になった!」”. テレビドガッチ. プレゼントキャスト (2017年8月21日). 2019年5月31日閲覧。
  21. ^ 「この人痴漢です!」と言われたらどうすればいい? 駅長室はこんな場所!(オトナンサー).2021年11月6日閲覧。

参考文献

  • 池上正樹『痴漢「冤罪裁判」』小学館小学館文庫 R-い-19-1〉、2000年。ISBN 978-4094048018。 
  • 夏木栄司『でっちあげ - 痴漢冤罪の発生メカニズム』角川書店、2000年。ISBN 978-4048836487。 
  • 長崎事件弁護団編 編『なぜ痴漢えん罪は起こるのか - 検証・長崎事件』現代人文社〈GENJINブックレット 22〉、2001年。ISBN 978-4877980726。 
  • 痴漢えん罪被害者ネットワーク編 編『STOP! 痴漢えん罪 - 13人の無実の叫び』現代人文社〈GENJINブックレット 34〉、2002年。ISBN 978-4877981136。 
  • 秋山賢三ほか編 編『痴漢冤罪の弁護』現代人文社〈GENJIN刑事弁護シリーズ2〉、2004年。ISBN 978-4877982331。 
  • 鈴木健夫『ぼくは痴漢じゃない! - 冤罪事件643日の記録』新潮社新潮文庫 す-21-1〉、2004年(原著2001年)。ISBN 978-4101012216。 
  • 矢田部孝司、矢田部あつ子『お父さんはやってない』太田出版、2006年。ISBN 978-4778310462。 
  • 小泉知樹『彼女は嘘をついている』文藝春秋、2006年12月、ISBN 4163687009。
  • 周防正行『それでもボクはやってない 日本の刑事裁判、まだまだ疑問あり』 幻冬舎、2007年1月、ISBN 4344012739。
  • 植草一秀事件を検証する会編著『植草事件の真実 - ひとりの人生を抹殺しようとするこれだけの力』ナビ出版、2007年。ISBN 978-4931569164。 
  • 小澤実『左手の証明 - 記者が追いかけた痴漢冤罪事件868日の真実』ナナ・コーポレート・コミュニケーション〈Nanaブックス 0060〉、2007年。ISBN 978-4901491662。 
  • 前川優「第19回 週刊金曜日ルポルタージュ大賞 優秀賞 推定有罪 すべてはここから始まった - ある痴漢えん罪事件被害者の記録と記憶」『金曜日』第16巻第47号(通巻第745号)、金曜日、2008年12月12日、55-59頁、NAID 40016369318。 

関連項目

  • 表示
  • 編集